甲斐がソロとなって、様々な企画と姿を見せるようになった。
それはバンドというくくりがなくなったためでもあるが、ソロ再デビューアルバム発表前にジャパンエイドというイベントに参加し、外国人プレーヤーと触れ合えたことも大きかった。
外国人アーティストとはバンド時代にも絡むことはあったのだろうけど、表立って組んだのはこのジャパンエイドの時以降だった。
多分、バンド時代にニューヨークでミキシングしてたことがきっかけだったのだろうけど、言ってみれば世界に出ることでその視野も広まったことと思う。
「レッド・スター」を歌詞をかみしめながら聞いてると、そうした甲斐の想いという頭が広がっていたことが感じられるようだ。
今の時代にも通じるこの曲の歌詞は、甲斐が思うと思わざるとを問わず、貴重なメッセージになっていた。
甲斐はメッセージを込めた曲など作りたくないと言っていたこともあったけれど、メッセージ曲となるには思いを込めてということと、思いはそうではないにしても書き上げた曲自体が聴く者にとってはメッセージとなり得ることがあって、甲斐の場合は明らかに後者だった。