嘘-たわごと

懐かしき甲斐バンド、甲斐よしひろを振り返りながら、時を思う

たわごと~トランスレディ4

トランスレディ

「トランスレディ」

結構好きなこの曲。
オリジナルバージョンよりも、リミックスした方がより好みだね。

この曲が収録されたアルバム『エゴイスト』発表の頃は、大きく言えば甲斐ソロ第1期が一つのヤマを越え、次の展開はどうなるのか測れなかった時期でもあった。
様々な試みと企画の中、アルバム的には打ち込み系の作りにも、かすかな限界が見えていた。
この時期は甲斐から離れ気味の時期だったし、積極的に情報を得ようとする気もなく、そんな余裕などまるでなかった。

ここにきても甲斐バンドを望む声は根強くあったんだろうな。
そこから離れて独自の線で行こうとする傾向が強くもなっていたけど、周囲の声よりも自ら解散の道を選びながら自分がバンドスタイルに最もこだわって独りよがりになっていたかもしれない。
だから、アルバム『エゴイスト』の内容はバラバラで、良いも悪いも同居していたようなものだったと思う。
好き嫌いが激しくなったアルバムも、収録されてる曲自体にも同じ傾向があった。

けど、アルバムの最初に収録されていたこの曲は、前作のアルバム『Chaos』の影響を大きく残しながらも、当初の印象は曲調よりも詞の持って行き方にかなり気が取られた。
リミックスは後年になって発表されたけど、やっと詞の色合いが曲調に馴染んだアレンジになったと感じていた。

もう、この頃の曲は取り上げられることもないような気がする。
でも、置き去りにされた曲の中にも、気になる曲は多いんだよね。





たわごと~夜のスワニー4

夜のスワニー

「夜のスワニー」

『LOVEminusZERO』という甲斐バンド最後のアルバムでは、求めたクウォリティが高すぎてバンドメンバーが全員そろって演奏されたのは、この曲と「悪夢」だけ。
でも、一つのバンドが成長という階段を登り、突き詰めていけば最後はそうなるだろうと思う。
常に上を向いて進化をしていくように歩んでいかなければ、プロのミュージシャンとは思えないから、当然のような帰結だった。
この時期の前後は甲斐の言葉が少ない割に、想像させるシチュエーションひゃざ衣料が多い上に、何十年も経ってから甲斐があれこれ言うから、いろんな話が出てきてしまう。
今現在の甲斐の言葉はいらないし、甲斐バンド解散劇というのは直接的な材料が転がっていないから様々な話が想像されるわけで、そこが楽しいと思うんだけどな。

『LOVEminusZERO』というあるアルバムが発表された喧騒のような時代。
内容はまるで異なるものの、やっぱり自分勝手なこの時代を生き抜かなければならない現代の喧騒。
こういう郷愁溢れて落ち着き加減の曲は、聴き手の心に優しく響いてくる。
ライブ向きではないこの曲は、『LOVEminusZERO』のプロモーションツアーでも演奏されなかったんじゃないのかな。
アルバム作成時、メンバー全員で演奏された数少ない曲の一つがライブ向きではないという皮肉のような位置。
これもバンドの進化がバンドのスタイルを変えていたのかもしれない。
多分、アメリカのスワニー川の畔を思い浮かべて書かれたようなこの曲は、その地を知らないと書けなかっただろうし、日本にはなかった情景だったかもしれない。

でも、この曲が醸し出す雰囲気が落ち着いていて、好きなんだよな。





たわごと~らせん階段4

らせん階段①

「らせん階段」

ボクの故郷には、白虎隊で有名になった飯盛山の麓にサザエ堂という国指定重要文化財がある。
小さい頃、ここに連れて行ってもらっては迷子になる気分で、上に登って行ったよなと思うと、いつの間にか出口に出てくるというように、内部が難解ならせん階段になってるんだ。
歴史好きの人で、飯盛山、白虎隊ときたら、このサザエ堂を知らなければモグリじゃないかと言われるほど、有名なお堂なんだ。

甲斐バンドの曲を聴くようになり、アルバムを遡っていくと『ガラスの動物園』にぶつかる。
アレンジ的にも音的にもまだまだ発展途上で、素人目にももっとやりようがあるだろうと思うこと。
しかし、このアルバムの底辺に流れてるテーマや各曲の詞を見ると、まるで湯水のように曲が出来ていた時期なんだろうと思うほど、詞が良く書けてる印象が強かった。
田舎の生意気盛りの若造が、大都会に出てきてそのイメージと現実の狭間で遭遇戦を行っているようだと感じたのは、自分もお上りさんのような出だったかもしれない。
若い頃は、時の流れが早くて、大局的に物事が見られない。
同じところを回っているように歩んで、でもそれは同じ道ではなく、気が付かない上り坂であればいい。
時に落ち込むような時もあるだろうし、壁に当たる時だってある。
それが、様々な時間の変遷であり、ここをしっかり歩いていくことで成長できればいいと思う。
確か、そんなことを感じさせてくれた曲が「らせん階段」だったんだよな。
不思議にそういうことは覚えているんだよ。

大人になって久しぶりにサザエ堂に入って、ここのらせん階段を楽しんだことがある。
その時に甲斐バンドの同名のこの曲を思い出してた。
何十年も前に甲斐バンドの「らせん階段」を聞き、そしてサザエ堂を絡めた形で白虎隊の悲劇について論文を書いたことがあった。
大学生の頃、歴史関係のサークルにいたためで、当時部長であったボクはこのサークルはこういうものなんだと訴えかけたくて論文を書いたんだけど、そこに来てくれたある方が、この論文は誰が書いたの?、どういう取材をしたの?といくつも質問してくれた上に絶賛してくれたことがあった。
その方は、某大学の歴史学の教授であったことを後から知ったんだどけど、そういうことまで思い出してしまう位に「らせん階段」という曲は、ボクに纏わりついているんだよね。





たわごと~白いブランケット5

白いブランケット

「白いブランケット」

多分1994,5年頃から2001年くらいまでは、甲斐から離れていた。
離れていたというのはライブに行ってなかったということだけど、大阪転勤で首都圏担当のイベンターの会員もやめる羽目になり、情報も入ってこなかったということ。
積極的に情報を集めようともしておらず、この間、結婚し子供もできたし、家事に育児に追いかけまくられていたそんな時期だった。
この間、耳に入ってきたのは甲斐の21周年と甲斐バンド再結成。
ボクの知る甲斐バンドの匂いがしっかりしてたので、これはしっかり耳に思いに入ってきたけど、当初甲斐バンド本格再始動という2000年前後の動きは知らなかった。
自分的にはこれを待ってたかもしれない。
『夏の轍』というアルバムが発表されたと同時にBEATNIKツアーが行われたけど、1枚の新作と1度のツアーで終わることなど、露ほども思ってなかった。
この『夏の轍』に先行したシングルが3枚発表されていたけど、うっかりしたことに『夏の轍』発表後にそれを知ったので買うこともなかった。
それでもこの曲だけ聞いても、アルバムを通して聞いてみても、ボクノ知る甲斐バンドの匂いがしっかりあって、何故だか暖かくなれる曲でもあり、先行シングル3曲に中では最も好きだった。

詞の彩が如何にも甲斐バンドらしいこの曲。
アルバム自体が東芝EMIではなかった影響なのか分からないけど、どの曲も重層感が感じられず、聞いててどこか抜けてる感じが多かったけど、そうしたことを感じさせない数少なかった曲でもあった。
難しいけど、この曲がシングルとしてチャートが上がりきらなかったのは、曲の出来栄えとは無関係に発表すタイミングが悪かったせいでもあるんじゃないかと今でも思ってる。
いい曲なのに世間への訴えにならないのは甲斐バンド、甲斐よしひろの特徴。
シングルにしてもいいのにされてない、あるいはその逆も結構見受けられた。
売れなくてもいいものはいいと思うけれど、この曲を通して甲斐バンドはこんなバンドだったと知る人がいればうれしい、、、そんな気にさせてくれた曲でもあった。






たわごと~荒野をくだって4

荒野をくだって

「荒野をくだって」

アルバム『虜/TORIKO』に収録されるこの曲は、好きじゃなかったりする。
せっかくの良いアレンジが、歌いこなしで台無しになってる。そんな感じがする。
荒野というイメージは、なにもアメリカナイズされたものでもなく、大都会の喧騒からもたらされるイメージもある。
いずれにしてもそこに漂いそうなのは、気怠さという感じにとったのかもしれず、それは間違いでもない。
ただ、『虜/TORIKO』に収録された曲は、気怠いというものではなく、ダルさが目立ってしまって、せっかくの曲の世界観が・・・と思う時、残念だなと感じてた。

ライブ『BIG GIG』が後にライブアルバムとして発表されたけど、断然こっちの方が良い。
あの時のライブシーンが浮かんでくる気配が濃厚で、当時はしばらくライブでは演奏され続けてた。
この曲がライブで取り上げられる瞬間は、薄く広がった霧に隠れたシーンが脳裏に広がって、その中にたたずんでいるような感覚がたまらなく好きだった。

薄暗いようで、そうとも違うはっきりしなさそうな感じの中に一つの灯りが・・・

甲斐バンド解散以降ほとんど生では聞いておらず、ロッキュメントで取り上げられたみたいだけど、参加してないんでこれは何とも言えない。
ただ、ロッキュメントで体験してみたかった曲の一つだなと思う。

しかし、意味深な歌い方には意味があったということは最近知った。
念願のアルバムを長い時間と凝縮された状況の中でようやくたどり着いた感覚・・・
そこには虚無感しかなかったと。

この曲はアルバム最終曲であると同時に、本来の甲斐バンド最終ナンバーだったかもしれないな。
けど、決して感心はしない。





たわごと~バス通り3

バス通り

「バス通り」

甲斐バンドデビュー曲であるこの曲を知ったのも、結構遅かったかな。
この曲がデビューシングルであったこと自体を知ったのも、もっと遅かった気がする。

BIGGIGで甲斐バンドの虜のようになって、それまでの作品を遡った時、最も手っ取り早かったのはアルバムを遡ることだったから。
それ以外に手段がなかったしね。
『英雄と悪漢』までは割と早くたどり着いたんだけど、その時点でそのアルバムはセカンドアルバムであったことに気づき、じゃあデビューアルバムは・・・
タイトルすらなかなか知ることができず、当時のレンタルレコード店に行って甲斐バンドコーナーにいっても『らいむらいと』がなかったんだよね。
貴重だったのかな。
甲斐は、このアルバムを自分のアルバムと認めていない傾向が長く続いていたみたいだし、そういう意味では所属プロダクションの意向とは逆だったみたいで、流通し辛くなってかもしれないな。
数年経ってデビューアルバムにたどり着き、一通り聞いてみた時、「バス通り」には気が止まったかな。
ボクが知った甲斐バンドの匂いはしなかったけど、アルバム収録曲の中ではこの曲と「吟遊詩人の唄」だけは雰囲気が違ってた。

イントロはマンドリンで始まるこの曲。
親父さんの影響がどこかに残ってたかもしれないけど、甲斐自身の気がどこかに残っていたかもしれない。
最初に聞いた時は、他の曲とは違うなと思いつつ、然程気に留めなかった。
当時のライブでは当たり前のように演奏されなかったしね。
気に留めたのは、甲斐デビュー21周年記念ライブで久々に甲斐バンドメンバーが大森さんを除いて集結し、最初に演奏された時だった。
この武道館ライブは、甲斐から離れざるを得なかった時期でもあったし参戦してなかったから、その模様がラジオで放送されたときに驚いた記憶があるね。
後年、ビデオが発売され、この曲の演奏はそれでじっくり何度も見ることができた。
今、この曲をやってもちっともよくないけど、当時の武道館ライブは記念公演でもあったし、解散以降初めてメンバーが集結するという画期的なことでもあったので、味が出ていた感じが強い。
この曲はフルバンドではなく、ギターワークで演奏された方が良いんだろうと思う。
この曲でロックをしようと思ってたなんて甲斐は言ってるけど、それは詭弁で、何をどう表現したらいいのか分からない時だったから、曲を書いた時の想いとレコードで収録しようとしたときの想いは別だったと思うね。

甲斐バンドらしきものは大して要素としては注入されてないかもしれない。
しかし、ここをしっかり踏まえて次の作品を聞いていかないと・・・そういう意味では大事な曲だったんだろうな。







たわごと~三つ数えろ4

三つ数えろ

「三つ数えろ」

アルバム『マイ・ジェネレーション』は、俺の世代と読むんだね。
少なくとも、ボクにはそう読めた。

この『マイ・ジェネレーション』というアルバムは、好き嫌いはあれど、甲斐バンドが気になった者には踏襲しなければいけないアルバムのように思えた。
アルバムのタイトル曲は見当たらない。
「三つ数えろ」を聞いてた時に、いつもイライラしてる、満足なんかできはしない、それが俺の世代さ、というフレーズがグサグサ来て、ああ、これなんだなあと感じるに至るまで、結構時間がかかったかな。
俺の世代、自分の世代なんてあんまり考えもしなかった自分を思ってこの曲を聴くと、グサグサ来るよ。
当時は昭和軽薄体、今は優柔不断で自分が見えてないという世代は若者の特権でもあったけど、特に今は若い世代に限らないことが多い。
甲斐は、この頃の自分の世代をどう思って、前に進もうとしてたのか。
そこを思って、この曲を聴くと意味あるものになるかもしれない。
アレンジがドロドロした感じで、取っ付きにくく、それでいてメッセージというよりはアピール曲という印象が深い。
ここを踏まえないと、聴き手も前には行けなかった。

当時のアレンジは取っ付きにくく、BIGNIGHTでのアレンジはその逆だった。
BIGNIGHTでのアレンジは何を言いたかったんだろうとも思うけれど、あの時の甲斐バンド復活劇はまだ戦線復帰しておらず、TV画面でしか見られなかったから余計に分からない。
この時の再結成は、甲斐に言わせれば同窓会的というんだから一時のものであり、その一時の世代を現したという具合に見るべきだろうか。
でも、この復活がそのまま行ってくれれば・・・と思ったのは本格復活と言っていた2001年の頃だな。

アレンジ的に面白かったのはKAIFIVEでの演奏で、今も時々動画で見てるよ。





たわごと~かりそめのスウィング5

かりそめのスウィング

「かりそめのスウィング」

ライブでの初体験は、甲斐バンド解散ツアー‟PARTY”でだった。
当然リアルタイムでこの曲は知らなかったものの、昔を辿っていったとき、初のヒット曲だった「裏切りの街角」に行き着き、次のシングルがこの曲だったと知った時、これだけよく方向転換ができるものだと思ったね。
イントロがキレイでシンプル、かつ印象的な出だしは印象的だった。
イントロと曲調が独特で、知る人ぞ知る曲という感じがし、でもこういう曲調とテンポを持つ曲は当時としてはかなり前衛的だと思ってた。
ヒット曲で作られてしまうイメージというのはこわい。
まったく異なるイメージが独り歩きをしてしまい、作り手と歌い手が別だったとしたらそれもアリだったかもしれないが、甲斐バンドはほとんど甲斐よしひろバンドに近いと思う時、かなりの痛手になっただろうと思ったからだ。
でも、こういう曲が書けていたということは、自分を見失うことなく、自分たちがいるべき場所を知ることができたということなんだろうと思う。

当初は好きな曲ではなかった。
まるで噛めば噛むほど味が出てきて、いつのまにかその世界に浸ってるということがよくあった。
だから、甲斐バンド解散ツアー‟PARTY”での演奏は、テンポがよくダンサブルであっても、どこか違うという印象があった。
面白いなと思ったのは、この曲は甲斐バンドの曲でありながら、しっかり味が出たのは甲斐バンドが解散し、甲斐がソロとなった時、企画的に行われた本牧ライブでの演奏だったと思う。
シンプルisストロングな演奏は、ベースでの演奏がほとんどで、この方が味が出てるという感じが強かった。
面白くて、とにかく聞きまくり見まくったビデオ・ナイトトリッパーでの模様。
ビデオは擦り切れてもうないけど、この曲は特に記憶に残ってるね。

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たわごと~レイニードライヴ5

レイニードライヴ

「レイニードライヴ」

個人的な想いだけど、「ナイト・ウェイブ」で始まった波の流れは「ラブマイナスゼロ」につながっていったけど、その先に、もう一つの流れの帰結点があった。
それが「レイニードライヴ」だった。

大学の卒業旅行が終わろうとし、福岡で新幹線に乗り込み、シートに身を沈めて新聞に目をやった時、「甲斐バンド解散」の見出しに思わず目が行った。
やっぱりなという想いとまさかという想いがクロスしたまま、東京に戻ってきた。
大学卒業は目の前だったけど、会社勤めが始まるまでまだ1か月近く時間があった。
ともかく参戦できるライブには行こうと思ったけど、解散ライブが始まるのは3月中旬以降で、もちろん遠征などは出来なかった。
参戦できるライブがごくわずかだと分かったけど、どうしようもない。でも仕方がない。
で、取りつかれたように聞き込んでいたのが、当時の最新アルバム『REPEAT&FADE』。
解散発表の模様も徐々に明らかになったけど、興味を持ちつつも当時はそれを伝えるメディアには伝える道具がほとんどなかった。
しかし、思いは募るばかり。
最後のシングルになるはずだった「レイニードライヴ」は、発表前に解散ライブは真夏の花火のように・・・という甲斐の言葉に変に影響され、タイトルにドライブとあったものだから、ドライブ感のあるアップテンポの曲を想像していた。
それがバラード調だったことに、落ち込みはしなかったけど、驚いた記憶があったね。

こういう曲も書けるんだと当初は思ったけど、作詞は別人。
バンドの最後のシングル曲になるかもしれない曲をバンド以外の人の手に委ねたことに、呆気にとられた想いといかにも甲斐らしいという想いが交錯していた。

曲の端々に、何事かの終りを思わせる詞があって、この曲も希少価値を持たせてほしかった。
往年の甲斐バンド解散の象徴のような一曲。
一人で一人の世界に入りたいとき、或いは大事な人と一つの世界を作りたいときに聞きたくなる。
それは、「ナイト・ウェイブ」から「ラブマイナスゼロ」の流れの中で見つけた一つの答えでもあった。

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たわごと~ナイト・ウェイブ5

ナイト・ウェイブ


「ナイト・ウェイブ」

甲斐バンドを昔から聞いてた人は、こういう曲調の作品が出てくるなんて夢にも思わなかったんじゃないのかな。
甲斐バンドとか甲斐よしひろとか、アルバム『誘惑』以降に打ち立てられそうになっていたハードボイルドの世界からは想像できなさそうな雰囲気があった。

BIGGIGでの体験は、この曲の醸し出す世界が頂点の一つだった。
ステージ上のライティングからもたらされる世界もそうだけど、新宿副都心の高層ビル街の中の空き地という場所がこれ以上ない空間を作っていたような感じがしてた。
当然当時この曲を知らなかったボクは、曲の演奏中、浮かび上がるビル街と夜空を見上げていた。
東京の夜の空には、星々はスッキリ見えはしない。
故郷に帰って畑や田んぼの中に、夜出ていくのが好きだった。
卓袱の闇の中、わずかに聞こえる騒音もかなり遠く、一筋の明かりどころではなく、ズーッと高いところにきらめいている星々は、地上にいる自分たちに光を与えてくれているようで、まさしく夜のしじまの真っただ中にいるようで、自分が自分でいられるほんのちょっとした時間だったかもしれない。
遠くでわずかに聞こえる音、遠くでわずかにきらめく星明りは、それだけで暗闇の中に波を作ってくれるようだった。
都会で慣れてる人たちには分からない世界。
都会を離れて、空を見上げると昼と夜は別世界なんだけど、この曲を聴いて夜空を見上げると、都会のわずかな夜空の中で見える星もきらめいて見えるようでもあった。
BIGGIGでのこの曲の体験は、そうしたところがお気に入りとなって、広がっていくような気分にもなれたね。
普段の生活でも、気が付いたように夜空を見上げることがあるけれど、この曲の原体験が大きい。

甲斐バンド解散ライブのオープニングを飾ったのもこの曲だったけど、アレンジをあえて明るめにしてダンサブルな感じになっていた。
「ナイト・ウェイブ」には様々なバージョンがあって、当時としては珍しい12インチシングルにもなってロングバージョンがあったけれど、それはこの解散ライブでの演奏がその延長上にあった。
一方、BIGGIGでの演奏はロングでありながら、アルバム『虜/TORIKO』に収められた落ち着いてしっとりした世界が演出されていた。
純粋にアレンジはまだ発展途上の感が強いけれど、詞は書けても甲斐バンドがしっかり階段を上がっていなければこの世界は作れなかっただろうと思う。

今はどうかは分らない。
けれど、この曲で夢中になったというのはボクにとって正解の一つであることは間違いない。





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